給食は「まともなご飯というのはこういうものなのですよ」ということを教育するための物なので、給食費はメシ代ではなく教材費である。牛丼並盛250円とは意味が違う。給食費を渋る親はこれを理解していないか、あるいは(もっと悪いことに)食育に価値を認めていない。給食は飯の形をした授業だ。
「欧米のウェブサイトが格好良いものが多いのにくらべてどうして日本のウェブサイトってかっこ悪いものが多いのかな?」と聞いたところ、「それは、日本人が格好悪い建物や街に囲まれて育っているからだよ」という答えが返ってきて、とても納得だった。
子どもたちがカンペに書いた質問は、片桐はいりのやさしい個性や、趣味は映画館に行ってもぎりをすること、などという意外な素顔を引き出していた。そして最後に「自分を好きになるためには?」と質問。
「難しいですね……」と少し考えた片桐は、親であれば子どもがどんなに出来が悪くても可愛いはずと例に出して言う。
「親のような気持ちで自分を見るといいんじゃないですかね。親目線で自分を見る」
それは子どもたちが道に迷った時、自分をむやみに傷つけないですむような道標、いわばカンペになるような、悩み多き少女時代をすごした片桐はいりらしいやさしい助言だった。